きのこさしき様より






戦慄が走った。
数え切れない程の物を失って、漸く定まった道が、大きく揺らいだ。

「お前さんは、幻獣の血を引いているのじゃったね」
暗雲立ち込める澱んだ空気を切り裂きながら、飛空挺が進んでいる。そんな緊迫した空気の中で、ストラゴスは自慢の髭を弄りながら重い腰を上げた。特に会話も無かった事もあり、老人の小さな背へ一斉に視線が集まる。
「はい」
優しい口調でかけられた言葉に、ティナが躊躇いなく頷いた。ストラゴスはゆっくりと少女に近づいて、翡翠色の瞳を覗き込む。
「……綺麗な色じゃの」
「急にどうしたんだ、爺さん」
ティナも敏に気配を感じ取るタイプではない。張り詰めた空気の中でのんびりと展開される会話に、痺れを切らしたロックが口を挟んだ。
「……いや、いや」
皺だらけの瞼を伏せて、微笑みながらストラゴスがそれに頷く。
「ふと、気になったことがあったのじゃゾイ」
「わたし?」
ティナはただ唖然と、目を丸めて自分を指差していた。

……艶やかな銀髪を靡かせて舵を取るセッツァーは、そんな一連の会話に耳だけを傾けて、いつまでも開けない淀みに苛立ちを覚えていた。
世界最速の船が澄切った青空を駆け抜ける姿は、もう記憶の中でしか見られない。ならばせめて、そのこの上なく心地好いであろう感覚を、彼は自身の身体で受け止めてみたかった。彼が命を賭けたギャンブルに乗った理由は、半分の好奇心と、それだ。

「三闘神が無くなれば、魔力は消える――即ち、魔力の塊である幻獣も然り、という訳じゃが」
「幻獣も」
「ああ」
ストラゴスが深々と頷くと、セリスは指先を顎に当てて首を傾げた。何か考えているようだったが、やがてそれは直に驚愕へと変わる。切れ長の眼を見開いて、呆然としている少女に視線を向けた。
「ティナは」
「……儂には予測できんよ。幻獣と同じように完全に消えてしまうかもしれん」
「じじぃ」
リルムが鋭い声を飛ばすが、ストラゴスは彼女の頭をぽんと撫でてそれを受け流す。
「わたし……消えるの」
あまりに大きい驚きと、とても湧かない実感の間にある漠然とした不安にかられながら、ティナが呟く。ふらりと近寄ってきたモグを抱き抱えてやりながら、真っ直ぐにストラゴスを見つめ返す。
「お前さんには人の血も流れている。……そう決まっているとは、言えんがの」
「……」
くっと唇を噛み締めるティナの様子に、思わず何人かが目を逸らす。
「おい、降り出すぞ!」
その直後、セッツァーが声を上げたとほぼ同時に、雨が勢い良く甲板を叩きつけ始めた。


あれから誰一人として何か言葉を紡ぐ事はなく、動揺を掻き乱すかのように降り出した雨に、飛空挺は着陸せざるを得なくなった。大部屋をぐるりと囲む様にして、それぞれが濡れた身体を乾かしている。
ティナもその中の一人で、緩やかに波をうつ髪の水気を払いながら辺りを見まわした。
自分の濡れた髪をそのままに、ガウの身体を拭いてやっているマッシュとカイエン。その横に、壁際で会話しているセリスとエドガーとロック。階段の下にはリルムとインターセプターが座っている。モグとウーマロは落ちつきなくぐるぐると室内を回り、ゴゴはそれにひっついて二匹を真似ている。シャドウは片隅で壁に寄り掛かり、珍しいことにその横にはストラゴスが居た。
「……」
一通り光景を確認して、ティナは物言わず部屋を出る。伝えたい事があった人物が、そこに居なかったのだ。


「セッツァー」
薄暗い廊下を渡った奥の個室は、銀髪の賭博士の専用室だった。紫煙立ち込める、ティナにとっては少々居心地の悪い場所。その主が、背を向けたままもうひとつ輪を吐き出している。
「何だ」
ぶっきらぼうな返事は、いつもの事であるから気に留めることもない。ティナは数歩前に進んで、机越しに銀髪を見る。
「私、消えるのかな」
「俺に聞くな」
「聞いて欲しいの」
ティナが机に身を乗り出したと同時に、セッツァーがくるりと椅子を回す。互いに視線が合うと、セッツァーが向かいの小さな顔へ紫煙を飛ばしてそれを少し遠ざけた。咳込みながら、ティナが言葉を続ける。
「あのね、私、トランスしている時は、この空が綺麗に見えるの」
「空……」
「だから、あの塔の周りの淀みがあっても、先の風景がわかる」
先ほどの出来事の直後に、彼女が濡れたからだをろくに拭きもせず、自分のところへ来た理由。考えればわかりそうなものだが、セッツァーは敢えて先を促した。
「……それで」
「私、最後に道を案内したい」
ティナの目は、真っ直ぐに目の前の彼を見ている。不安を押し込めた恐怖の色ではなく、何かを乗り越えた決意の色で。セッツァーはそこでがたりと椅子から立ち上がり、溜息混じりにその頭を叩いて撫ぜる。
「死ぬと決まった訳じゃねぇ。そんな危ねぇ瞬間に幻獣で居たら、それこそ死ぬんじゃねぇのか」
「それも、わからないよ」
ティナは大人しく撫でられながら、それでいて決意を曲げる様子も無く、立ち上がった彼を見上げた。
「……まぁな」
「皆の役に立ちたい。今まで、助けられてばっかりだったから」
「……」
話が少々まどろっこしいのが彼女の特徴で、それにセッツァーは時折苛立ちを覚えたりもする。だが今は不思議と、それこそ晴れ渡った空のような気分で、ティナの言葉に耳を傾けていた。
「やめろ、って、言う……?追い掛けてくれる?」
「好きにすればいい」
「……うん」
かつての友が毎日見た、最速の船に切り裂かれる青空を何度も想像した。目の前の少女は、それが見えているという。それに従って舵を切るのは、昔の自分と重なっていて面白い。
ただ、違うのは、
「全力で飛んでくればいい」
「……」
「絶対、地面に落下はさせねぇよ」
自分が今舵をとるのは、ずっと背中を追っていた、あの最速の船だということ。
「わかった」
「ティナ」
微笑む少女の頬に、そっと手を当ててやる。だがぱちぱちと目を丸める途惑ったような反応を確認すると、静かに苦笑して直にその手を離した。
「何?」
もう少し大人であれば、約束のキスでも向けてやろうかと思ったが――
「いや……この船を信じてな。世界最速の船だ」
「うん!」
まだ幼い少女の決意に自分の中で乾杯すると、再び椅子に腰掛けて背を向ける。ティナは満足げに頭を下げると、吸った紫煙を吐き出す様な咳を一つこぼして、部屋を後にした。





「約束だよ、セッツァー」
横切りながら、小さく告げられた言葉にウィンクを返す。乳白色に近い桃色に染まった少女の体は既に普段より輝きを増していて、もう消滅していった魔石達を連想させる。
不安に周りの仲間達が声を張り上げる中、ティナは1度振り返って微笑むと、真っ直ぐに前を見つめて飛行した。
「セッツァー!」
「追うぞ」
塔を囲うよどみは破壊神(ケフカ)が消滅するショックでその濃さを増しているのか、さっぱり先が見えない。微かに煌くティナの身体を追って、必死に舵を切るしかなかった。

だが、そのまま十数分、光の後を追い続けて。ティナがいよいよその輝きを失い始めたという時だったか。
「お……」
セッツァーは突然飛び込んできた光景に、息を飲んで目を丸めた。澄み渡った青空が、次々と切り裂かれている。伸ばしたままの銀髪も靡いて、視界がめいいっぱい青になる。
背後でも、仲間達が感嘆の声を上げているのが聞こえた。まさしく、完全なる、ファルコン復活の瞬間をこの目で見た。
「ティナ!」
直後、目の前の光が輝きを失ってぴたりと動きを止める。紅色の髪に僅か翡翠が混ざり始めて、小さな身体は真っ直ぐに落下して行く。
「しっかりしがみついてな!」
セッツァーは紫の瞳を少年の様に輝かせて、船を雷の様に急降下させた。
少しずつ、少しずつ少女との距離が縮まって行く。同時に、緑が芽生え始めた地面との距離も縮まって行く。
「……よし」
民家の屋根の形がくっきりと見え始めた辺りまで落下して、最速の鳥は小さな少女を掬い上げるように弧を描いて上昇する。そこですっかり人間の姿に戻ったティナを、マッシュやエドガーがしっかりと抱き止めた。


……翡翠色の髪を靡かせながら、同色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。
「ありがとう、セッツァー」
それが柔かに細くなって、笑顔を生みだした。
「言ったろ?……」
セッツァーは自分に向けられるその笑顔に小さな微笑みを返してやりながら囁いて、空を見上げる。


世界最速の船が、太陽の光の中を突き抜けて、青空を切り裂いていた。






悶絶ものです(>▽<)ノ”
格好良すぎです、セッツァー!!!!!!!
FF6最大のセツティナエンディングですよ!!!きゃー。
素敵なお話をありがとうございます!!!!(><)”
なるべく早い内にパパリル献上しに行きます〜〜〜!!!!
ありがとうございました!!!



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